能動的な健康と受動的な健康の違い! [ 健康スタジオ横浜 ]
●能動的な健康と受動的な健康の違い!
健康スタジオ横浜の内藤です。
本日もご訪問くださりありがとうございます。
健康を望んでる人やメディア関係の多くの方が注目するのが「食」です。
この食品を摂るとすごい効果出るといった情報のオンパレードです。
基本的に間違いではあるとは言い切れません。
しかし、多くの人や健康に関心がある人たちは大きな勘違いをしています。
それは
・身体を鍛えるということ
・精神の安定をはかること
この2つが抜け落ちているか、あるいは軽視しているということです。
多くの人々が望んでいる「健康状態」を手に入れたいのなら、この2つこそが最も重要であり、食や環境はその次ともいえます。
それは次のような理由からです。
人間の生きる価値観は様々ですが、
1つ目には、
ただ長生きをすれば良いというものではなく、充実した人生かどうかということです。
2つ目には、
受動的な生き方や健康思考は、本質的な健康には辿り着かないということになります。
「身体を鍛える」ということは、多くの人が考えている以上に、とても重要なことで、現代の日本人には最も足りないことと言えます。
これは、16歳から75歳の67%が慢性的な運動不足という現状からみてもおわかりいただけると思います。
現代の日本人は、肉体を鍛え過ぎている人と、鍛えてない人に大きく二極化されつつあります。
どちらも両極端はあまり健康とは言えません。
鍛えすぎている人は、激しい運動によって活性酸素が出て、逆に健康状態から遠ざかってしまいます。
また、体を痛めてしまうといったリスクも抱えることになります。
それではやらなくてもいいのか?
このような短絡的な考えには及びません。
多くの日本人は、鍛えすぎるくらいの意識を持ってちょうどいいくらいです。
なぜならば、鍛えすぎるところまでやる人はほとんどいないからです。
そして、身体を鍛えている人は、仮に寿命が短くなったとしても、充実した人生を送っている印象が、身体を鍛えていない人に比べて多く感じられます。
行動をした。やった! 。という充実感があります。
健康である人の特徴として、よく昔の人が例に出されますが、彼らが現代人より健康に見えるのは単に食事からだけではありません。
当然現代人と違って、生きるための多くのことに身体を使わざるを得ない環境にあったからです。
「仕事=身体を使う」ことが、現代人よりも多くありました。
現代の便利快適な生活では、身体を使う機会が少なくなり、身体に楽をさせる生活になりました。
その結果、認知症の増加、寝たきりの増加につながっており、すでに日本社会の大きな問題となっています。
身体をよく使うと基礎代謝や免疫機能も必然的に活発化し、体温も上がりますし、回復力といった身体の根源的な強さも上がります。
さらに言うと精神の強さも作りだします。
しかし、多くのメディアやSNSなどを見ても、健康になるには特定の食品を摂取するくらいしか書いていません。
人間全体を見た場合これは片手落ちもいいところだと思います。
東洋医学では心身一如といいますが、心と身体はつながっていて、あらゆる場面に応用できる考え方です。
食や環境を優先している人達は、すでに自分が能動的でなく受動的な側面を持って生きていることに気づいていません。
外から何か与えてもらうもの、してもらうことのほうに意識が向いています。
なぜならば、食でさえも極論すれば自分以外から「いただくもの」だからです。
「身体を鍛える」ことも「精神の安定をはかる」こともあくまでも能動的です。
サプリメントの摂取、健康食品や自然食であっても、それをオーダーして摂取すればそれなりの健康を手にすることは出来ます。
しかし「身体を鍛える」ことも「精神の安定をはかる」ことも、決してオーダーしただけでは手に入るものではありません。
受動的な生き方、受動的な健康思考は、本質的な健康には辿り着かないと言った、受動的なニュアンスが伝わりますでしょうか?
さらに言うと、この2つの要素でなりたいと願っている「健康」には実体がありません。
実体がないということがご理解いただけますか?
手の上にのせて「これが健康です」といったものがないということです。
「健康」というものは、あくまでも状態であり、移ろいゆくもので、一瞬たりとも留まっていません。
実体のないものを追いかけてばかりいると、頭の中の知識や情報ばかりをコレクションする、健康オタクになります。
「健康のためなら死んでもいい」
実体のないものを追いかける究極の求道者になってしまいます。
これは何も健康に限ったことではありません。
・実体があるのか?
・実体がないのか?
身の回りのことを改めて見直す必要があります。
「健康」は良い状態で生きていくためのあくまでも「道具・ツール」です。
その道具を使ってどのように生きていくのか?
この本質をもういちどご自身に問いかけてみましょう。
最後までお読みいただきありがとうございます。